てんせいじんごっこ.blog

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Nikon FE Digital が欲しい!(Part2)

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 現在カメラといえばデジタルなのが当たり前なのですが、今日のようにパソコンやインターネットがあって当たり前の世の中でなければ、デジタルカメラ市場はここまで活況にはならなかったかも知れません。デジタルカメラは当然のことながら感光材を使用しないので、フィルムのコマ数・現像代・管理などに気を使う必要がありません。自分で撮影した写真を暗室で現像して印画紙に焼き付けるといった技術を要する作業は、パソコンにデータを読み込ませることで誰でも簡単にできるようになりました。とはいっても、六つ切りとかA4サイズを超える高画質のデータを扱うとなると話は変わってきます。デジタルカメラのイメージセンサにはノイズという大敵が潜んでいて、1000万画素を超えたといえども、小指の爪程度の大きさしかないコンパクトカメラのイメージセンサには限界があります。そして、高画質で撮影した映像データを編集管理するには、ハード・ソフト共に高スペックなものが必要になってきます。そういう意味でデジタルカメラはまだ発展途上の段階にあるようです。しかし、技術の進歩は目まぐるしく、そのような不足はあっという間に払拭されていくでしょうし、新品で購入したデジタルカメラは5年も経てば価値の無いものになってしまうでしょう。デジタルカメラがどんどん高性能化するのは有難いのですが、カメラを所有するのが好きな人にとっては悲しい現実でもあるでしょうね。

 デジタルカメラの進化の中心は、画質とそれを処理する速さにあると思います。オートフォーカスやプログラムに関しては一長一短あるでしょうが、現段階で十分だと言えるところまで来ているでしょう。ですが、私のようなアナログ人間からすると、様々な情報が表示されるガンダムの照準器みたいなファインダーは、居酒屋で騒いでいる子供のような存在で、撮影に集中することを阻害するものでしかありません。うるさいんだな。チカチカピーピーうるさいんだよ。大人しくしていて欲しいんです。機械を弄るのが好きな人にとっては歓迎されるであろう機能も、フィルムカメラで写真を撮ってきた人間からすれば縁日の屋台のようなもの。『あれば盛り上がるけど本物は売っていない』という感じです。そして、構図と被写界深度を考えながらレンズを選択してピントを置いていくような撮り方をするのであれば、APS-Cサイズのファインダーは35㎜一眼レフのエントリーモデルにも及ばない視認性でして、そういう意味では機能的に退行しているのが残念です。上位機種を購入するなり拡大アイカップを装着することで改善できる問題でもあるのですが、でかくて重たくて高価なDXフォーマットに大枚をはたいても新しいのがすぐ出てきちゃうんですから、いっそのことPenとマイクロフォーサーズで揃えてしまおうかと考えてしまうのです。

 メーカーは出し惜しみしながら新機種をジワリジワリと発売して、売り上げを伸ばそうとしているようにしか思えない私なのですが、エコロジー的に考えるとデジタルカメラにもバージョンアップのようなサービスがあっていいと思うのです。つまり、部品を交換することで性能を上げられれば、新しいカメラに買い替える必要が減らせますよね。イメージセンサを交換したり、CPUを交換してプログラムを書き換えるようなことができれば、ひとつのカメラを長く使えることになります。そして、小型で消費電力の少ない部品を安価に生産できる時代がすぐそこまで来ているのなら、私が求めているNikon FE Digitalを実現させて欲しいのです。Nikon FEに限らずFM2・FM3a・F3 Digitalがあってもいいですしね。だったらLEICA M9があるじゃないかと言う方もおられるでしょうが、ボディ一台70万円超えるカメラは除外して下さい。私は一般庶民に問い掛けているのです。つまりですね、私は一眼35㎜フィルムカメラの背蓋を外して、Hasselbladみたいにデジバックを装着できるようにならないのかと考えるのです。以前あったIMAGEK EFS-1の延長線にある発想なんですけど、これが実現できる時にそれを必要とするカメラがどれほど残っているかを考えると、無駄な想像でしかないのでしょうね。だけど、そんな気持ちでいる人は私だけでなく、世界中に存在していると思うのです。COSINAがVoigtländerを発売した時のような、あんな感じの衝撃を与えるメーカーが現れるのを期待してしまうのです。FUJIFILMがFinePix X100を発売するのであれば、NikonがFE Digitalみたいな発想のカメラを作ってもおかしくはないと考えるのです。

 例えば、日本の自動車メーカーが新型の電気自動車を発売する傍らで、中古車のエンジンを取り除いてEVに改造するサービスを始める人がいるでしょ。『燃費の悪い60年代のアメ車をEVに改造して乗るのがお洒落』なんていう時代がすぐそこまで来ているのですから、いつの日か韓国や中国辺りのメーカーがそんな商品を発売する可能性もあるでしょう。フィルムカメラの背蓋を外してデジタルカメラに改造できる商品が現れたら、そんな考えを冷ややかに笑った日本のメーカーや関係者に「ざまぁみろ」と一喝してやろうじゃありませんか!

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Nikon FE Digital が欲しい!(Part1)

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 デジタルカメラ全盛の時代に、未だ銀塩カメラを愛好しているオヤジ達がいる。とは言っても、フィルムカメラとデジタルカメラの両方を所有している人が殆んどで、趣向品として銀塩カメラを扱っている人が多いのだろうが、中にはフィルムカメラが主役の人もいるだろう。私もいずれはそのどちらかの仲間になると思うのですが、実は私、デジタル一眼レフをまだ所有していないんです。

 私が初めて自分で買った一眼レフカメラはPENTAX SPⅡ。その次に買い替えたのがCANON AE-1。その後ボディをT90にする迄に単焦点のFDレンズを4~5本買い揃えていたのですが、EOSが出た頃に機材全てを下取りに出して買ったのが、現在所有しているNikon FEとニッコールです。私はその当時、自社スタジオを兼ね備えた商業写真を撮影する会社に勤めていて、そこの先輩が勧めてくれたのがNikon FM2だったのですが、露出計が使いにくかったのと予算の関係上、程度の良い標準レンズ付きのFEを高輪カメラで購入したのでした。会社の機材はスタジオ用の4×5がSinar P/P2の2機。ロケ用はLinhof Master Technikaが4機。後はHasselblad500/503が合わせて4台とNikon F3/F4が合計5台位といった感じで、レンズは各カメラの台数分揃っているという環境でした。4×5のレンズはFUJINONが中心で1機に付き約5本の合計40本程度、HasselbladはDistagon/Planar/Sonnarを中心に各4本程度の20本位があり、Nikkorは古い物を合わせると全部で50本位あったと思います。マニアにとっては夢のような環境ですが、これって金額にするといくらなんだろう?

 会社で撮影する写真は電機機器メーカーの商品カタログ用が中心で、その為カラーバランスには非常に神経を使う必要があり、レンズの個体差で収差が変わってしまうと面倒なので、同じ物を複数揃える必要があったんですね。そんな訳で会社のドライボックスの奥には古いNikkorが何本か眠っていて、それ目当てに私はFEを買ったのでありました。「プロカメラマンの見習いがFEなんか買ってどうすんだ」と思う方もいるでしょうが、「プライベートで使うカメラなんてFEで十分だ」というのが上司の言葉。自分が使いやすいのを所有するのが第一歩な訳です。そして、会社から貰えるフィルムが期限切れ間近のVelvia50だったので、高速シャッターのことを考えなかったのもFE2にしなかった原因ですね。実際私は500分の1以上でシャッターを切ったことは殆んどありませんし、FEが今でも故障しないのは設計に無理がないからだと思います。

 そんな訳で今でも愛用のFE片手に時々写真を撮っている私なのですが、普段のスナップはLumixのLX2が主役なんです。なにせ重い機材が大嫌いな性分でして、でかくて重いデジタル一眼レフを買う気にならないんですね。そして私が持っているNikkorはAi-s以前の単焦点マニュアルフォーカスばかりなので、ファインダーの小さいDXフォーマットが嫌なんですね。当然FXフォーマットなんて貧乏な私には無用の長物ですし、今は写真関係の仕事してませんから縁のないカメラです。そのうちD40x辺りをヤフオクで落札してパチパチ遊び出すと思うんですが、絞り込みレバーが無いらしいので悩んでおります。FEみたいな軽くて使いやすいデジタル一眼レフって、いつになったら実現するのでしょうか?

 そもそもAPS-Cサイズのイメージセンサーというのがおかしな規格でして、消費者も文句言わずにジャンジャン買ってしまうからいけないんだと思いませんか?被写界深度も満足に確認できないファインダーとボディなんて一眼レフの意味無いじゃないですか。だからOLYMPUSのEP-2に注目が集まるのだと思うんですが、そうなるとDXフォーマットのカメラなんてホント中途半端な存在に感じます。今後更にCMOSセンサが安価に製造できるようになったら、エントリーモデルの一眼レフにも35㎜フォーマットが標準になるのでしょうか?もしもそんなことが現実に起こったら、DXフォーマットで頑張ってきた人達は喜ぶのやら悲しむのやら、中には怒ってしまう人も出てきそうですね。

天才子役よりも天然子役(天才子役を考えるPart3)

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 大人顔負けの演技をする賢い子役は、平たく言えば『おしゃまさん』で、蔑んだ言い方であれば『こまっしゃくれたガキ』でしょう。しかし、それは演技の上でのことであって、子役本人がそういう子供だとは限りません。ですが、そんな天才子役が嫌いな人の多くは、そのような分別なく『気にくわねぇ』的批判を繰り返しているようです。こういった現象は子役に限らず芸能人全員が抱える悩みなのでしょうが、そのイメージを利用して仕事をこなしている面を含めれば仕方のないことなのでしょう。昔の銀幕のスター達は自身のプライベートを一切公開しないことで作品のイメージを守ろうとする心掛けがあったのですが、今の俳優はタレント兼業の方針を主流としているので、ワイドショーやバラエティに取り上げられることも売り込みの手段として常識化しています。中には自らのスキャンダルをモチーフにしたものもあり、逆にスキャンダルを起こして話題を維持していると受け取れるものもあります。ドタキャンしたりケツはみ出して話題を提供している姉ちゃん(名前に尻が付く人)がいますけど、あの人なんかが最たる事例でしょうね。

 出演したドラマがヒットしたのを切っ掛けに、その役のイメージを利用してCMに出演するのはよくあることで、最近『天才子役』として人気を集めている女の子も複数のCMに出演しています。そして、そのどれもがちょっとおませな女の子風でして、お味噌のCMでは「~なんてね!」と一言吐くような演出がなされており、この辺りに天才子役嫌いの人は反感を抱くのでしょう。しかしイメージというのは怖いもんでして、一度強烈な印象を与えてしまうと、それが後の仕事に影響を与え続けてしまい、そのイメージに食い潰される結果を招いてしまうこともあります。実際彼女に今後来るであろう役処は『大人びた子供』であったり『賢そうな子供』のような役が多いでしょうし、『子供らしい子供』の役はまわって来ないでしょう。それ以上に、あの子が『子供らしい子供』を自然に演じることができるのでしょうか?その辺りに彼女の『俳優』としての実力が試される部分があって、それができてこそ天才子役の実力が証明されるのではないでしょうか。

 私は賢くて器用な優等生の天才子役よりも、そこに存在していることによって状況を作ってしまう天然子役の方が、俳優としての可能性を秘めている気がします。また、そういった起用の仕方をする監督や演出家達が、いい子役を育てて来たことも事実でしょう。特に『○○ファミリー』といった監督などを主軸にした制作集団で育った子役に代表的な俳優が実在します。彼らの演技の特徴は素朴であったり自然な演技が目立つもので、それは天才子役と呼ばれている子の演技とは真逆のものに感じます。おそらくは『考えて作る演技』と『感じて行動する演技』の違いだと思うのですが、本来その『素朴な子役』こそが天才子役なのかも知れません。

 今流れている食品関係のCMに幼い男の子が出演しているのですが、彼は演技をしているというよりも『遊んでいる』という方が正しいのかも知れません。そして、彼の演技(演技と呼べるのかどうか分からない)は何かに長けたものではなくて、近所の子供が浮かれてはしゃいでいる程度のものです。なのですが、器用な子役のCMよりも、この子が出ているCMの方が楽しいんですね。彼は踊りも中途半端、喋っても何を言っているのか分かりにくい『駄目のオンパレード』なんですが、その駄目さ加減が最大の魅力なのです。7才のおしゃまさんの演技と3才の坊やのお遊戯を同じ天秤で量るのはナンセンスですが、子役にとっては天才であることよりも、天然で演じられることの方が大切だと感じてしまいます。
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