てんせいじんごっこ.blog

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ミニカー以上軽自動車未満の新規格マイクロカーは実現するのか?

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 国土交通省が現在検討している新規格のコミューター、50ccミニカーと軽自動車の中間的存在のこの車は、定員2名・高速道路不可の街乗り専用車。つまり、爺ちゃん婆ちゃんの買い物用・ママの幼稚園送り迎え用・パパの全天候型通勤スクーター的存在になる。国土交通省はEVでこれを実現したいと考えているらしいが、燃費がリッター30km以上ならば、ガソリンエンジンもアリではないだろうか?車体を軽くして、250ccくらいのエンジンに電動アシスト自転車のようなシンプルなハイブリッドシステムを組み込めば、既存の技術で対応できそうな気がする。高速道路を走らない代わりに、衝突安全基準は現行の軽自動車よりも緩い設定になるそうなので、タケオカ自動車工芸や光岡自動車のような50ccミニカーを作っているメーカーも、開発や検査にかかる費用の負担が軽くなるので、新規参入しやすいだろう。この新規格は2012年に導入予定なので、あと2~3年もすればバブルカーやゴルフカートのようなコミューターが街中を疾走する光景が見られるかもしれない。

 この新規格自動車を普及させるキーポイントはコストだ。それは車両を生産するメーカーにもいえることだが、重要なのはユーザーにとってのコスト。つまり、車両価格と維持費が要点になるだろう。そもそも富裕層を相手にしたのではなく、手軽に使える庶民の足として考えられた規格なのだから、軽自動車よりも安くて扱いやすいものでなくては普及しない。登録に関しては車検制度を設けず、原付二種のように市役所などでナンバーが取得できるような手軽さが必要だろう。任意保険もファミリーバイク特約のような制度が適用されれば、セカンドカーとしてのセールスポイントになる。だから、この車は2人乗りのチョイ乗り専用軽自動車というよりも、2人乗りできる125ccミニカーのようなものであるべきだろう。でなければ、中古の軽自動車を買った方が安上がりなんてことになりかねない。

 EVで航続距離を稼ぐには大容量の電池が必要だが、安価な鉛電池では重量がかさみ、それを収めるスペースが必要になる。だからと言ってリチウムイオンバッテリーを搭載しようとすれば、かなり高額なものになってしまうだろう。EVが普及しない理由がこの辺りにあるのは、今も昔も変わらない。「重い・高い・遠くに行けない」の三重苦である。そもそも、自宅に駐車場がある人ならば充電の心配はないのだが、離れた場所に駐車場を借りている人は充電すらできない。これはインフラの整備以前の問題で、EVが普及しない最大の理由かもしれない。EVには、本来車が持っている「自由」が足りないのだ。

 そんなEVの弱点を一挙に解決する方法がある。理由は簡単、EVに発電機を積めばいいのだ。50ccミニカークラスのEV用モーターは、600ワット程度のものが主流。この程度の電力ならば、家庭用の小型発電機で賄える。発電機の重量は20kg以下だから、高価なバッテリーを積むより効率がいい。小型発電機の排気量は50cc~100cc程度、スーパーカブ90の実燃費はリッター50km以上だから、発電機付き電気自動車の燃費には、かなり期待できるのだ。この発電機付き電気自動車、言うなれば逆ハイブリッドカーは、現在スズキがレンジ・エクステンダーという名で研究開発しているのだが、発電機の燃費効率を上げれば現行のハイブリッドカーの燃費を大きく上回る可能性を秘めている。ホンダは以前、スーパーカブのエンジンをベースに6サイクルの低燃費エンジンを作った実績があるし、マツダはスカイアクティブという低燃費エンジンを市販化する。国土交通省が考えているコミューター規格がEV限定でなければ、小型のハイブリッド・逆ハイブリッドの開発競争が激化するだろう。なんとも楽しみな話である。どうせなら高速道路も走行可能にしてしまえば、メッサーシュミットKR200のようなスーパーコミューターが誕生することになるし、売上台数が芳しくないオートバイメーカーがこの市場に参入することになると、更に面白いことになるだろう。がんばれニッポン!
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東日本大震災報道でテレビがした仕事と風評被害

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 先ずは「この度の東日本大震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々、ご家族、ご親戚の方々にお見舞い申し上げます」と書いてからブログの更新をしたいところだが、そんな軽薄な言葉を述べる気に僕はなれない。被災された方々の現実を想像すれば、何も言えない。「頑張って下さい」なんて、口が裂けても言いたくない。何の被害も受けなかった僕に、それらの言葉を発する資格なんて全く無いのだ。

 正直、ブログの更新をする気になるまで僕はこれほどの時間を要した。地震直後の臨時ニュース、地震と津波の速報、その後3日以上続いたCM無しの緊急報道、そして、今日に至るまでの情報などは、できうる限り冷静に受け止めて来たと自負している。しかし、それらの全てが自分の予想した最悪のケースを辿ったことに、僕は深い憤りを感じている。というのは、震災などの被害に遭ったことは無いのだけど、僕は十代の頃に海難事故に遭い、その時3人ほどの人が死んでしまった中、僕ひとりだけが自力で岸に辿り着き唯一の生存者として報道された経験があるのだ。あのとき僕が発見された時刻が深夜だったので、当時取材に訪れた新聞記者達は、翌日の朝刊に間に合わせるために面会謝絶の病室に押し掛け、矢継ぎ早の質問を浴びせ去って行った。取材を受けた後、点滴を受けながら36時間眠り続けた僕は、目が覚めてから読んだ自分の記事の内容に愕然とした。新聞記者というものは、満足な取材もせずに個人的な主観によって判断し、ご丁寧に社説まで盛り込んで事実を演出する。それは真実ではなく、購読者を満足させるよう構成された仕事だったのだ。その内容は、あの物腰柔らかかった男が書いたとは思えないほどの隔絶に溢れた文章だった。「ペンは剣よりも強し」という言葉があるが、それはまさしく言葉の暴力に等しい裏切りだった。あの日以来、僕は報道というものを鵜呑みにする事は無くなった。

 松本サリン事件に関する報道を知っている人ならばご存じだろうが、あれがオウム真理教の仕業だと判る以前に、犯行現場の近隣に在住していた人が容疑者にされたことがあった。その人の息子さんが以前僕が勤めていた会社の後輩の同級生で、その後輩が、警察や報道機関から受けた彼らの屈辱と苦悩の日々を語ってくれたことがある。無責任な報道によって背負わされた疑惑は彼らの人権と生活を奪い、後輩の同級生の母親は重い障害を今でも引きずっている。ニュースが流れた当時は、見ず知らずの人間から暴言を吐かれたり、深夜に石を投げ込まれたこともあったそうだ。多くの意味で彼らは完全な被害者であり、この場合報道機関は加害者に属する。報道機関は後に誤報に関して謝罪を述べてはいるらしいが、それは自分達が与えた損害に等しいものではなかったらしいと聞く。なによりも、スクープやビックニュースに心酔し、事件を必要以上に煽り立てる報道の体質は今も改善されていない。それでも尚、彼らが情報のプロとして主張しジャーナリスト魂を語るのであれば、これほどまでの偽善は無いだろう。

 グルメサイトのクチコミというのがあるが、その多くは食通ぶった浅はかなイチゲンさんの迷惑行為としか思えない内容が目立つと感じる。僕は博多ラーメンが好きで横浜に行きつけの長浜ラーメン屋があるのだが、そこの店もクチコミを書かれている。その内容は「店員の態度とサービスが悪い」というものだ。食通らしき彼はラーメン屋に一流ホテル並みのサービスを求めているようだが、馬鹿げた話である。博多にも東京にも一流ホテル並みのサービスを提供している店などありはしない。ラーメン屋はラーメン屋である。一杯5~600円程度のB級グルメに上質なサービスを求める方が間違っていると思うのだが、情報の大家であるマスコミに人としての心が備わっていれば、それに感化された勘違い野郎も現れないだろう。

 今更ではあるが、停電やガソリンなどの燃料不足、カップラーメンや電池・懐中電灯・携帯ラジオ等の買い占め、その全てを僕は予想していた。今ではそれらの行動を反省し公共広告でも頻繁に呼びかけているので、それが常識として定着しつつあるのですが、情報から受けた短絡的な発想による集団連鎖反応を引き起こした元凶は、その情報を撒き散らした報道の姿勢に責任があるのではないだろうか。あのとき津波が襲った現地の惨状を伝える報道が深夜に行われていたが、地元(確か岩手だったと記憶している)テレビ局の若い男性レポーターが濁流の真横でマイクを片手に、さながら台風の突撃レポート調に現地の様子を興奮気味に伝えていたのを覚えている。彼の口調や態度には、目の前で起こっている現象を楽しんでいるかのような印象を僕は抱いた。その後、彼の出番は一切無かったようなのだが、それが事実だとすれば、おそらくは僕と同じような印象を抱いた視聴者が多かったのだろう。だとすれば、彼を起用するのを止めたテレビ局は正当な判断を下したといえるが、あのような人材を生み出した報道部の体質にこそ問題があるのではないだろうか。弟子の不出来は親方の愚行が招くものであり、子は親の背を観て育つものである。あの現地レポーターの不謹慎な報道は、彼が身を置いていた職場環境、彼を教育した上司の素行に原因があると僕は考える。今回の震災にまつわる報道と情報を発信する関係者の方々には、多くの反省と学習を含めた自問自答をして頂きたい。演出を交えた報道で国民を煽ったり不安を募らせるような言動には、自身が想像する以上の責任と倫理感を洞察して情報を伝える役割を担って欲しいのです。
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