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天才子役が嫌われる理由(天才子役を考えるPart2)

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『天才子役』と呼ばれている子役を嫌う人がいる。googleで検索するときに、天才と呼ばれている子役の名前の後ろにスペースを空けると『嫌い』という言葉がリストアップされるくらいで、それ以外の候補に現れるのはジャニーズ系タレントのグループ名や番組名などがある。そして、その天才子役を嫌っている人達の言葉には「生意気」「どこが天才なのか分からない」「大人になったらブスになる」「あんた何様だと思ってんのよ」という惨憺たるものが並ぶ。こういった2ちゃんねる的不平不満は僻みや妬みからくるものだろうが、要は自分がファンであるタレントが番組中で「カワイイ×2」を連発し、ちやほやし、おだて持ち上げられた本人がデレデレしている様を見ての『嫉妬心』だと判断して間違いないだろう。それ以外に考えられるのは、カワイイと言って貰える時期を終えた成人女性の『さみしい心』が、そうした言葉に表れているのかもしれない。

 前回私は「天才子役は天才ではなく『優等生』なのだ」と結論付けましたが、この優等生ぶりが反感を買う理由でもあるでしょう。優等生を嫌う理由に関しては敢えてここで説明するまでもないと思うので省きますが、つまりは先生や大人達に気に入られ好かれる『大人に媚びた姿勢』に反感を抱くのだと思います。天才子役を称賛する言葉に『大人顔負けの演技』というのがありますが、そんな天才子役が嫌いな人達の目には『大人に媚びた子供らしくない子役』という感じに映っているのでしょうね。この『大人に媚びた子供らしくない子役』というのには私も感じるものがありまして、私は子供の頃、教育テレビなどで歌っていた『少年少女合唱団』が嫌いでした。リズムに合わせて頭を左右に振りながら、作り笑いで大きな口を開けて楽しそうに歌うあの『少年少女合唱団』に、子供心ながら不自然さを感じたものです。今日では北朝鮮の英才教育を受けた子供達の映像や、マスゲームなどのプロパガンダに利用されている子供達の様子を笑ったり批判したりしている日本人ですが、私の記憶では日本の大人達もつい最近まで同じようなことを子供達に求めていたように思うのですが、いつの間にか状況が変わってしまいました。とはいえ、そんな北朝鮮の『大人に飼い慣らされた子供』を不自然に感じる今の日本社会は健全であり、当時『少年少女合唱団』が嫌いだった私としては「それみたことか!」と言ってやりたい気持ちです。

 こんな話を聞いたことがあります。昭和の時代、童謡や歌謡曲の作詞などで非常に有名だった作家に、当時天才として話題を呼んでいた子役(後に大物歌手としての名声を残し他界された女性)に詞を書いて欲しいという話があったのですが、彼はその子役を『化け物』と称して嫌っており、自分がその子役に詞を提供するのを嫌がったという話があります。その子役が出演した非常に有名な映画を私は観たことがあるのですが、劇中で歌い・踊り・演技をする彼女の姿は『子供の皮を被ったおばさん』といった感じで、彼の『化け物』という表現に感銘を受けるのです。私が児童合唱団に感じた不自然さは、当時の大人が描いた理想的な子供の姿を演出した矛盾点であり、著名な作家が抱いた不快感は、大人が喜ぶツボを心得た子供の計算高さにあるのではないでしょうか。故に、天才ともてはやされている子役に嫌悪感を抱く人間が、必ずしも人として異常であったり『悪』ではないといえなくもないと思います。北朝鮮の子供の映像を見て不自然と感じるのが正常ならば、天才子役を嫌う人が異常者だとは断定できない筈です。

 今話題になっている天才子役が好きな人にとって、その子を嫌う人の神経が理解出来ないという問い掛けや対話がネットの中で繰り広げられています。Yahoo知恵袋などのコミュニティでよく見掛ける話なのですが、私からすればどちらも理解できる心情なので、そこで論争していること自体が馬鹿げたことです。子供というものは純真で無垢なものであり、その素朴さに「カワイイ」と愛おしさを覚えるものです。しかしその反面、子供というのはしたたかであり、ずる賢くもあります。天才子役が好き嫌い対決に正解や間違いはなく、そこに問題があるとするならば、それは子供や子役に対する大人の感傷的な考え方に問題があるのではないでしょうか。例えば、天才子役が好きな人にその子役が「お姉さん」と声を掛ければ『カワイイ子』と喜び、「おばさん」と呼ばれたら『かわいくない子』と感じる訳です。たったそれだけのことで天才子役肯定派は否定派に翻る訳で、所詮その程度の論拠でしかありません。

 私は天才子役が『好きか嫌いか』のどちらかといえば、『嫌い』の方に属するのかもしれません。というよりも、そのような子役を『天才子役』と呼ぶ風潮が嫌いなのです。単なる優等生的な演技をした子役を天才と認識し、その子役が大人になった時には『天才子役としての魅力』がなくなったが故に『普通』と評価する視聴者のあさはかさが嫌いなんです。かつてNHKで記録的高視聴率を出した朝ドラに子役として出演していた女優さんがいますが、今彼女の活動は舞台が中心で、テレビや映画には殆んど出ていません。彼女の演技力は当時よりも上達している筈なのですが、それを評価する人は非常に少ないのです。そういった視聴者の感傷に振りまわされた過去の天才子役達は数知れず、今現在天才と呼ばれている子役を扱っている芸能プロダクションは、その失敗を繰り返さぬよう思案していることでしょう。
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Comments

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2014-01-17 16:36  労働基準法第6章厳守せよ
子役は不要です No.18 [Edit]
最大の問題は労働基準法第6章が正しく守られていない点にある。
例えだすとキリがないほど、酷い状況であるが、一例を挙げるとこれ
http://news.livedoor.com/article/detail/8122710/

NHKですら、このような児童虐待状態(2ヶ月間、親から引き離す)
で子役を使う。56条2には・・・児童の健康及び福祉に有害でなく、
かつその労働が軽易なものについては、行政官庁の許可を受け、
満13歳以上の児童をその者の修学時間外に使用することができる。
とても守られているとは思えませんね。
子役の親の多くが、子供を自分の夢をかなえる道具としか
思っていないので、子供を過酷な現場に突き出す。
なので被害が届けられることがない。労働監督局は、
映画やドラマの子役の児童労働状態を、厳しく取り締まるべきである。
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