てんせいじんごっこ.blog

Home > スポンサー広告 > スポンサーサイト 文化芸能 > NHK 土曜ドラマ - ロング・グッドバイ - を観た感想

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

NHK 土曜ドラマ - ロング・グッドバイ - を観た感想

 NHKの土曜ドラマ『ロング・グッドバイ』が結構面白い。主演は、いい感じに老け込んで来た浅野忠信。脚本は、連続テレビ小説『カーネーション』の渡辺あや。演出は、『外事警察』の堀切園健太郎である。浅野忠信は意外にも、これが連続ドラマの主演第一作目となる。この写真を見ると、『フレンチコネクション』も行けそうな感じだ。因みにこのブログは、第2話を観た時点で書かれています。


原作 レイモンド・チャンドラー
脚本 渡辺あや
演出 堀切園健太郎
出演 浅野忠信/綾野剛/小雪/古田新太/冨永愛/太田莉菜/滝藤賢一/堀部圭亮/福島リラ
   高橋努/田口トモロヲ/泉澤祐希/石田えり/遠藤憲一/吉田鋼太郎/柄本明 ほか

 原作のThe Long Goodbyeは、ハードボイルド探偵小説の元祖 レイモンド・チャンドラー著。この作品は、1973年にロバート・アルトマン監督によって映画化され、主演を務めたエリオット・グールドのフィリップ・マーロウは、多くの作品に影響を与えた。この当時、ハンフリー・ボガードなどが演じて来たカサブランカでダンディなマーロウは古典的であり、退廃的な時代に重ねて改編したアルトマンのマーロウは、新しい時代のヒーローを創り出した。これに影響を受けた松田優作が『探偵物語』の工藤俊作を演じたのは知れた話。永瀬正敏の『私立探偵 濱マイク』や、大泉洋の『探偵はBARにいる』なども、アルトマンの作品から派生したスタイルと言えるだろう。例えるなら、コテコテな古典的上方漫才の基礎を踏まえた上で、ダウンタウンの松本人志がそれを根底から覆して独自のスタイルを確立した経緯に似ている、かも知れない。

 さて、今回のNHK版ロング・グッドバイであるが、脚本を担当した渡辺あやは、清水俊二訳と村上春樹訳の両方を熟読した上で制作に当たったと伝えられている。舞台設定は1950年代半ばの東京に移転され、主人公のフィリップ・マーロウは増沢磐二という名に変えられたものの、大筋は原作の小説に近い形となっている。時代設定を現代ではなく、戦後から高度経済成長へと移るニュートラルな時期に据えた理由は、1話と2話を観て十分理解出来た。当時の世相と戦後間が無いこの時代であれば、このストーリーの屋台骨を大きく崩さないで済む。そればかりか、今となっては遠い記憶となったこの頃であれば、「男のメロドラマ」とも呼ばれるハードボイルドも、ロマンチックに味わえるというものだ。時代考証など細かい部分では矛盾も多々あるが、演出を手掛けた堀切園健太郎氏によれば、「無国籍に」「時代を超えろ」そして「毒と不純物を盛り込め」の3つがキーワードらしい。男のバイブルとも呼べる大作に敢えて挑んだその結果は、なかなかの仕上がりを得ている。原作の小説を愛する方には心地悪いかも知れないが、本家のアメリカに観て貰えばエキゾチックに仕上がっていると喜んでくれるかも知れない。先ずは目くじらを立てず、これはまた別の作品と考えて味わった方が良いだろう。

 兎にも角にも人それぞれ思い入れが強いこのストーリーには、キャスティングに於いても賛否両論あるだろう。ましてや、内藤陳でなくとも誰しもが薀蓄をたれたくなるハードボイルドの世界。自分のイメージにそぐわない配役であれば「余計なことをしやがって」と言いたくもなるだろうが、僕の場合それに関して異存は無い。今いる40~50代の俳優を思い浮かべても、浅野忠信が適役だと感じる。彼は俳優として活動するに於いて、ポリシーを曲げない人である。そんな姿がこのキャラクターに活かされていると評価したいが、大声を張り上げると少し子供っぽくなってしまうのは、彼の人柄なのだろうか。だとしても、舞台役者のモノローグのように台詞を謳ってしまうと時代劇みたく業とらしくなる。これでいいのかも知れない。

 脇に関してもアイコン化された適役が散らばり、映像を観ているだけで状況が把握出来る。メインキャストに名は無いが、よく勉強した甲斐もあってか、相変わらず徳井優がいい仕事をしている。かなりお気に入りなのか、NHKで堀部圭亮の起用は頻度が多いと感じる。今回は黒縁眼鏡がやたらと似合っており、将来は中条静夫や藤岡琢也のような名優になれそうな予感がする。柿の腐った臭いがしそうな闇医者のでんでん。古田新太に至っては、次回の第3話で酒浸りなプライベートが本領を発揮しそうだ。女優陣に於いては男受けがいいタイプを排除し、エレガントでエキゾチックな雰囲気を醸し出す小雪や冨永愛を起用したのは、脚本家の意向が反映されたものなのかが気になる。

 それにしても、原作が不朽の名作であるにせよ、渡辺あやが書く脚本は構成がしっかりして安定感がある。女流作家がハードボイルドを手掛けることに不安はあったが、考えてみれば、尾野真千子が演じたカーネーションの小原糸子もハードボイルドな主人公だ。出来上がった作品を観ても、僕が心配した不安要素は極めて少ない。構図やカット割りにも余念が感じられず、演出家と意思の疎通がよく取れているのが見て分かる。特に、シーンの転換前に効果的なワンカットを挟む手法などは、堀切園氏の知識と経験が深いことの証だろう。増沢の事務所に滑稽でわがままなお嬢さん女優が乗り込んで来る喧騒の前にガリガリと喧しいコーヒーミルでストレスを与えるところなどに、名作からの引用が感じられる。登場人物の背景や心情を小道具を使って巧みに演出している部分が多く見受けられ、演じている役者も楽しそうである。映画やドラマに対する美学の他にユーモアとセンスが散りばめられているのは、技術と知識のあるスタッフが集うNHKならではの結果だろう。

 総合的に完成度の高い作品だが、嗜好性が強い原作なだけに、大きな視聴率は稼げないだろう。奇抜な描写はあっても無難に収めた印象が残り、高いハードルを越える為に身構えてしまった感がある。オリジナルのストーリーであれば、もう少し冒険が出来た筈だ。故に、文学青年の優等生が作ったドラマのような結果が出てしまっているのが少し残念だ。連続5回にせず、前篇と後編の2部で制作した方が間延びしないで済んだかも知れないが、約ひと月の間リッチな時間に浸れるのは喜ばしい。後半に向けて、主人公の哀愁や虚しさを上手く描けると評価も高まるだろう。
関連記事

Comments

post
Comment form

Trackback

Trackback URL
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。