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日本の学校は刑務所か軍隊のような場所だ

 日本の学校って刑務所みたいだなって感じた当時の思い出でも書こうかなと考え、「学校 刑務所」でググってみると、出るわ出るわ。やっぱそう感じてた人って沢山居たんですねと思っても、タイトルだけ読んで、記事は読まない。パクリになっちゃいそうだからね。

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 ここ最近、どうもブログに書きたい事がなかった。いや、書きたくても書けなかった事が多いと表現した方が正しいのですが、私的な話で色々と大変な事がありましてね。でも、それ書いちゃうとマズイ事になる。本当に書きたい事って、なかなか書けないものなのですね。人生とは、思うように運ばないものです。と、しみじみ感じていたら、中学・高校の進学時の思い出がこみ上げて来たので、先ずは僕が幼稚園生だった頃の話からです。お付き合い下さい。

 今からして思えば、僕が学校というものに違和感を覚えたのは、幼稚園から小学校へ上がった時からでしょう。それまでは、お遊戯やお絵かきなど楽しかった毎日が、授業というものに突然変わったのですから。今は幼稚園の時から平仮名のお勉強や算数とかする所もありますから、それはいい傾向だと思います。いきなり変わるより徐々に慣れさせた方が、子供も戸惑わずに済みます。で、小学校から中学へ上がった時にも、大きな変化がありました。

 真新しい制服に袖を通して、意気揚々と向かった公立中学。しかし、そこは僕が考えていた場所とはかなり違い、重苦しい空気と閉塞感が漂う施設なのでした。時代は金八先生の初期の頃。校内暴力とか、全盛期だったのかな。都会ではなく郊外の比較的穏やかな地域でしたから、荒れてたとは言え、それほど酷くはなかったのでしょうけど、校内暴力とかはありましたね、普通に。で、一番最初に「っえ !?」となったのが、幼い頃から遊んでた一学年上の近所の兄ちゃん。僕が小6の頃、彼は中学へ上がってからも時々遊んでくれてたのだけど、校舎で顔を合わせたら、よそよそしく冷たい態度。いつものように「~~ちゃん」ではなく、「~~先輩」と呼ばなければいけないらしい。ところが、学校ではなく近所で会う時は「~~ちゃん」で良いそうで、ここで僕は「序列」と「建前」というものを学びました。「~~先輩と呼ばなければ示しがつかない」と、~~ちゃんは言っておりましたです。はい。

 彼の発言に例えられるように、中学からは、私的感情よりも組織内での秩序が重んじられました。自由や楽しさは出来うる限り抑制し、規律や能力を重視する感じですね。そして、学ランの詰襟。なんであんな硬いものを首に纏わなきゃならんのでしょう。で、息苦しくてホック外すと、注意されます。服装の乱れは心の乱れでして、今となっては、その意味は分かりますけど、詰襟の学ランとセーラー服、それって、軍隊じゃん。今はブレザーが主流になりつつあります。少し改善されたと感じます。当然と言えば、当然です。

 学校側は健全な青少年少女の育成なんて言ってますけど、違いますよね。学校は人間を社会に適応・順応させる為の施設。子供を矯正する為の予備修練所。要は、練兵所みたいなもんです。日本の学校は社会に出て役に立てる兵隊を育成する訓練の場です。朝礼とか、ミリ単位の拘り。斜めだと担任が発狂します。後ろの方で「きをつけ」してない男子、殴られました。で、校長の話が長いと、「ズドーン」。女子が貧血で倒れる。無理なんだってば、やってる事がさ。

 でね、正直に言うと、実は「学校 刑務所」で検索した時、ちょこっとだけYahoo!知恵袋を拝見したんです。そしたら案の定、質問者コテンパンに叩かれてました。毎度お決まりのように、当たり前の事を偉そうに書く回答者。もっと面白い事を書けよな。んで、そこで威張ってる奴って、あの気色悪い修練に順応出来た変態みたいなもんでしょ。もの凄く大雑把な見解ですけど、日本の学校教育に適応出来た人って、人畜無害な大人しいタイプの子か、受験を前提にした苦行に耐え忍んで成果を収めた優等生の二種に分類されると思うんです。後者は、勉強する星飛雄馬みたいな。感情を押し殺して、苦しんて苦しんで、苦しみまくった後に快感があるみたいな。愛しい人と交わすセックスには程遠い、限りなくマスターベーションに近い自尊心。「この境地に辿り着いた者しか快感を分かち合えない」とか? そういや、登山好きな人って、高学歴が多いそうです。

 僕の同級生に博士号取得した奴が居ましてね、面白い事に、その彼は上記のどのタイプにも属さないんです。でも、彼は天才と呼ばれるタイプの人とも、ちと違う。いや、彼も天才なのかな。酒飲むと、人格変わるしな。でね、彼が他の人とどう違うのかと言えば、彼は勉強が大好きなんですよ。勉強楽しいの。勉強していいなら、ずーっと勉強しちゃうんです。バタッと倒れるまで。小さい子供が遊びながら寝ちゃうでしょ。じゃれてた子猫が、コクっと行くような。あの状態な訳です。ジョギング好きな人に、ランナーズ・ハイってあるじゃないですか。あの状態ですね。勉強気持ちいいんですよ。羨ましいです。僕も、快楽の為なら探求を惜しまないタイプなので、その気持ち、少しだけ分かります。彼は今、大学の研究室から財閥系の企業に引き抜かれて、最先端の研究しています。因みに彼のご両親、二人とも教師です。医者や学校の先生の子供って駄目になるパターンありますけど、彼はいい方に行ったタイプなのでしょう。だって、彼のお父さん、凄く優しくて、親切で、話が面白い人なんですよね。でね、彼曰く、両親から「勉強しろ」と言われた事、一度もなかったそうです。

 要はね、学ぶ事の楽しさを日本の学校は教えてくれないんですよ。公文式みたいな学習プログラムもありますけど、義務教育の段階で公立の学校がそれやってりゃ、塾なんて必要無いはずなんです。この辺り、専門的な知識ある方とか、日本の教育問題に取り組んでおられる方からすれば色々あるんでしょうけど、意味のある事、と言うよりも、意味を教えて下さいよ。で、歴史の授業、近代史から始めません? そういう意見、沢山あるでしょ。でも、それが出来ない。曖昧にしたままだからね。理由は他にもあるのでしょうけど、日教組とか、生徒には直接関係ないでしょ。先生達の都合でしょ? 決めなくていいでしょ。ディスカッションさせましょうよ、生徒達に。欧米式とか、そういう意味じゃなくてね。考える事の楽しさを与えられる哲学、先生達に、ないんでしょ? 確かなものがさ。

「もはや戦後ではない」とか、「欧米に追いつけ追い越せ」なんて言葉、僕の頃にも残っていました。箱根のホテルで習いましたよ、テーブルマナー。フォークの背にライス乗せろと教わりました。嘘を教えるなよなー。あれはなんだったのか。英国式なの? おフランスは、違うみたいよ。そんな事より、和食大事にしましょう。世界遺産にもなったし。って、そうやって欧米の顔色伺うんだよね。もう「マナー」とか言うの、止めましょうよ。「作法」です。変な和製英語の考え方で「ルール・マーナー・モラル」とか言ってないで、「礼儀・作法・道徳」でしょ。で、一度廃止した道徳の授業、必須科目に返り咲きですか。迷走してますね、日本の教育現場。

 さて、次回は日本の教育から経済に話を強引に発展させますので、興味が湧きましたら、ご拝読願います。

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